中身より先に、箱が欲されることがある。
その記事が存在し、その記事よって引き起こされる見返りが、その企画の存在理由になる場合だ。言いたいこと・伝えたいことなしに。
このテーマで書いてほしい。この製品を扱ってほしい。そういう場合は楽だ。その対象から膨らませれば、大抵、企画は、できる。
しかし、冒頭の、箱が欲される場合が苦手だ。その記事がだれに対してどんなことをしてほしくて読まれるのか。それすら決まっていない場合は、胃にもう何もないのに気だけする、そんな気分だ。汚い話で申し訳ない。
そうやって企画をさがすとき、企画そのものをひらめくことは少ない。たまにあるのが、フレーズを思いつき、そのフレーズに言葉を連ねていくことで、企画になっている場合だ。
この記事のタイトルがそれだった。
言葉が浮かび、まだ何もない中身を連想で連ねていく。
不思議なのは、最初に浮かぶその言葉は、短いながらもリズムを感じることだ。あたかもそのあとにつづく言葉がすでにあるかのようにリズムをもっている。言葉がリズムを発したくてうずうずしているようなのだ。
その言葉を思いついたときは、ときどきメモしておく。いつか使えるリズムかもしれないから。